学園概要

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学園概要

理想的な医療は、医師と医療技術者との連携からうまれる。
教育を通して、医療の未来を追求し続けた3/4世紀。

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History of Yukioka School of Allied Health Professions

 

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五瓜に唐花紋
読み方:ごかにからはなもん

行岡家代々の家紋であり、同じ家紋を有する柴田勝家から下賜されたと伝えられています。

 

由来・意味
(紋に込められた意味や由来の紹介)
日本五大家紋「木瓜紋」の一種。神紋として、京都八坂神社を初めとする祇園社などが使用。

見た目から胡瓜の切り口と思われがちだが、鳥の巣をデザインしたものと伝えられている。

鳥の巣には、子孫繁栄の想いが込められていて、めでたい紋とされる。

社会医療法人 行岡医学研究会 行岡病院のシンボルマークも「五瓜に唐花紋」を元に

描かれています。

 

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行岡病院敷地内にある鳥居

代々御典医であった功績から伊勢神宮より下賜されたとものと伝えられています。

行岡学園創始者が大阪に移築し、現在は行岡病院敷地内に祀られています。

 

由来・意味

伊勢神宮には「歩むべき本来の道に戻れる」というご利益もあると言われています。
患者様への対応が初心から逸れることなく、医学的治療の切磋琢磨と患者様への

手厚いケアをモットーとして今後も歩んで行けるように、との想いが込められています。

   行岡学園の歴史

昭和7年11月 大阪接骨学校設立認可
昭和8年10月 大阪接骨学校開設
昭和9年10月 大阪接骨学校附属行岡外科病院開設
昭和16年2月 行岡外科病院附属関西看護婦学校開設
昭和23年7月 財団法人行岡保健衛生学園設立大阪接骨学校を日本高等整復学校に改名

大阪鍼灸マッサージ学校開設

昭和24年2月 日本高等マッサージ学校に改名
昭和25年2月 大阪労働衛生管理者学校開設
昭和25年12月 行岡外科病院が、医療法人行岡医学研究会行岡病院となる
昭和26年4月 大日本レントゲン学校開設
昭和27年4月 関西看護婦学校が大阪准看護婦学校となる
昭和29年12月 財団法人行岡保健衛生学園が学校法人行岡保健衛生学園となる
昭和37年3月 大日本レントゲン学校が日本医学技術レントゲン学校となる
昭和38年4月 日本医学技術レントゲン学校に医学技術科(衛生検査)を増科
昭和40年4月 日本医学技術レントゲン学校が日本医学技術学校となり、医学技術科を衛生検査科と改名し、なお歯科技工科を増科
昭和40年8月 日本医学技術学校へ、歯科衛生科を増科
昭和45年3月 日本医学技術学校へ、リハビリテーション科・高等看護科を増科
昭和45年9月 日本医学技術学校へ、放射線専攻科を増科
昭和46年3月 衛生検査科が臨床検査科となる
昭和46年8月 大阪准看護婦学校を、日本医学技術学校へ准看護科として増科
昭和51年10月 専修学校制度により、専門学校としての認可をうけ、行岡医学技術専門学校に校名を変更
昭和63年4月 行岡医学技術専門学校より、近畿医療技術専門学校に校名を変更(放射線科・臨床検査科)
平成5年4月 行岡整復専門学校 茨木校舎へ移転行岡リハビリテーション専門学校に校名を変更
平成11年4月 行岡医学技術専門学校 看護第1学科を増科
平成12年3月 行岡医学技術専門学校 准看護科廃止
平成12年4月 行岡整復専門学校 整復科夜間課程増設
平成13年4月 行岡鍼灸専門学校 鍼灸科夜間課程増設
平成14年4月 行岡リハビリテーション専門学校 理学療法学科夜間課程増設
平成16年3月 行岡医学技術専門学校 歯科技工科廃止
平成18年3月 近畿医療技術専門学校 臨床検査科夜間部廃止
平成19年3月 近畿医療技術専門学校 放射線科夜間部廃止
平成21年3月 行岡整復専門学校 整復科夜間部廃止
平成21年4月 行岡整復専門学校 本庄校舎へ移転
平成24年3月 行岡リハビリテーション専門学校 理学療法学科 夜間部廃止行岡医学技術専門学校 看護第2学科 廃止
平成24年4月 大阪行岡医療大学 開設
平成25年9月

行岡鍼灸専門学校、行岡整復専門学校、近畿医療技術専門学校を

統合し、大阪行岡医療専門学校長柄校に校名を変更。

平成27年8月

行岡医学技術専門学校(本庄新校舎)竣工

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2017年 行岡保健衛生学園は85周年を迎えます。その時代に即した学部を開設、改変してきました。接骨、看護、鍼灸、マッサージ、衛生管理、レントゲン、臨床検査、歯科技工、放射線、整復、理学療法